前に戻る 案内所に戻る 次に進む

ハセガワ 1/72 ノースアメリカン RA-5C ビジランティ

1955年にアメリカ海軍は大型艦上核攻撃機A-3の後継機の提案を各社に要求しました。 これに対し、ノースアメリカン社が提案した NA-233案が採用され1958年8月31日に初飛行しています。 本機は大型核爆弾を搭載する艦上攻撃機であり、高速力で敵防空網を突破 するというコンセプトから、多くの先進的なデザインが取り入れられています。 空気取り入れ口は当時としては先進的な二次元可変 インテイクで、主翼は高翼配置、水平・垂直尾翼は全浮動式となっています。 主翼下のハードポイントには増槽を装備できたましたが、 高速力発揮のために、戦闘時は機体内タンクのみを使用し、増槽は使わなかったようです。 なお、ハードポイントには、通常爆弾のほ かに空対空ミサイルも搭載できました。

本機で最も特徴的な点は、核爆弾搭載方法であり、胴体内のリニアトンネルを用いるものでした。 リニアトンネルには、核爆弾と燃料 タンクを連結したものが搭載されており、爆弾投下時はテイルコーンを切り離して、リニアトンネル内から核爆弾と燃料タンクを連結 したものを後方に引き出し、投下を行います。 爆弾を機内搭載することによって高速力を得て、高速のまま爆弾を投下するために考案 されたシステムでありましたが、燃料タンクの脱落などトラブルも多く、トンネル内に装備できる武装も限られるなど汎用性は低いもの でした。

1962年8月から実戦配備されたものの、2個飛行隊にしか配備されず、1964年には核攻撃任務から外されています。 これは、ソビエト の防空体制の評価により、航空機の進入が困難と判断されたことと、潜水艦発射弾道ミサイルの実用化により、海軍の戦略的核攻撃能力 を航空機から潜水艦にシフトすることとなったためです。 本機は高速化のために軽量化された機体強度が脆弱であり、武装の汎用性も 有りませんでしたが、最大速度がマッハ2以上と高速であることから、攻撃任務からは外されたものの、偵察機として使用されること になりました。 1962年から偵察機型RA-5の発注が開始され、新造機、改修機とも最終的にはRA-5Cとなっています。 爆弾収容スペース は偵察機型では燃料タンクとなり、胴体上面にも燃料タンクとなる大型ハンプパックが、胴体下面には、カヌー型フェアリングが付けられ て、偵察用カメラや側方レーダーなどが搭載されました。 RA-5C は1964年からベトナム戦争に投入され、高速力を生かした偵察を行った ものの、損害も大きく18機が撃墜されており、1979年に全機退役しました。

RA-5C_UFR.jpg(154099 byte) アメリカ海軍第14重偵察攻撃飛行隊の仕様で仕上げました。
RA-5C_UBL.jpg(152521 byte) 後席にもパイロットを乗せてますが、全く見えません。 凸モールドのパネルラインは彫り直しました。
RA-5C_LUF.jpg(133495 byte) 水平尾翼は可動します。 垂直尾翼は填め込んだだけにしてあります。
どうも方向舵が見あたりませんので、実機だと水平尾翼自体が動くようです。
RA-5C_FSR.jpg(99940 byte) 武装は一切有りません、増加燃料タンクを四つも抱えています。。
RA-5C_RBS.jpg(141187 byte) 今なら1枚のこんな大きな垂直尾翼じゃなくて、小振りの2枚の設計にするんでしょうね。
前に戻る 案内所に戻る 次に進む