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ハセガワ 1/700 重巡洋艦 妙高 |
大正11年(1922年)に締結されたワシントン軍縮条約により、日・米・英・仏・伊の五カ国の主力艦と航空母艦の保有数と建造を制限す ることになりました。 これ以外の艦艇は補助艦と称され基準排水量が10,000トン以下で備砲の口径は8インチ(20.3cm)以下と規定さ れましたが、保有数までは決定できなかったため、日本海軍は補助艦として条約の制限一杯のいわゆる条約型巡洋艦の新造に着手しま した。 10,000トン級条約型巡洋艦の第一陣である妙高型はネームシップの妙高の他、那智、羽黒、足柄がありました。 これら四艦 の竣工時の基準排水量は10,000トンを超えていましたが公にはされませんでした。 妙高は大正13年(1924年)10月25日に起工、昭和 4年(1929年)7月31日に横須賀海軍工廠で竣工しました。 妙高は第二次改装後、第二艦隊第五戦隊に編入され、昭和16年(1941年)11月に呉を出撃し、フィリピン攻略作戦の任務に就き、その後、 珊瑚海海戦、アリューシャン攻略作戦、マリアナ海戦などに参加しましたが、昭和19年(1944年)12月13日、仏印サンジャック沖で米潜 水艦の雷撃により中破し、羽黒に曳航されて到着したシンガポールにて終戦を迎え、昭和21年(1946年)7月に英軍によりマラッカ海峡 で海没処分されました。 |
1941年4月、開戦を数ヶ月後に控えた第二次改装直後の状態です。 |
今回は錆汚れは省略してます。 改装直後だからと言うのが、その良い訳です。 |
手摺りは汎用のエッチングパーツを使い、砲塔上の空中線マストは0.28mmの真鍮線で自作しました。 搭載艇には艦名が「ウコウメ」と書いてあります。 右から読んで下さい。 |
零式観測機は射出準備完了です。 この飛行甲板の大きさだと二機はカタパルトに載せるしかないようです。 |
日章旗はデカールのままでは薄くて、すぐに切れてしまうので0.14mmのプラ板に貼って、接着してあります。 |
砲身は0.3mmのドリルとピンバイスで開口しました。 |
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