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アオシマ 1/700 日本海軍重巡洋艦 鳥海 |
1919年に第一次世界大戦が終結した後、列強は無駄な建艦競争は国力を疲弊させるとして、1921年11月からワシ ントン海軍軍縮会議を開催し、主要国の主力艦保有総排水量を定めました。 この会議では主力艦である戦艦以外 の巡洋艦も含む補助艦についても協定を定めようとしましたが、フランスやイタリアの反対で合意に至らず、巡 洋艦については保有比率は定めずに最大口径を8インチ、単艦の排水量を1万トンと定めたに止まりました。 こ れにより各国は巡洋艦を競って建造することになり、日本では昭和3年〜7年にかけて「青葉型」2隻と「妙高型」 とその改正型である「高雄型」各4隻を建造するに至りました。 鳥海は高雄型の3番艦に当たります。 高雄型は妙高型の準同型艦ですが、その最大の相違点は巨大な艦橋に有ります。 軍令部の要求により全ての艦 に艦隊旗艦設備を設けたことや煙路が艦橋下部の一部を通ることから設備が前面に押し出されたことで、城郭の ようなスタイルになってしまいました。 この巨大な艦橋は友鶴事件によって提起された艦艇の復元力に大きく影 響するため近代化改修工事でコンパクトなものに換装する予定でしたが1、2番艦の高雄と愛宕を施工した時点で太 平洋戦争が勃発したため、3、4番艦の鳥海と摩耶は未施工のままになりました。 鳥海は開戦以降マレー作戦、ミッドウエー作戦、ソロモン海戦に参戦しましたが、レイテ沖海戦時にサマール沖 でアメリカ海軍艦載機の空襲により行動不能となり味方駆逐艦「藤波」の雷撃で自沈処分となりました。 |
製作の記録です。 |
舷外電路は0.3mmのプラ角棒で作りました。 舷窓は凹モールドされていますが、全て開口しました。 |
船体を塗装して手摺りを張りました。 手摺りは船体に溝を掘って最下段を埋めてます。 |
主な構造物の組み付けが終わりました。張り線に備えてマストの一部は未塗装にしてます。 |
探照灯はレンズ部をモーターツールでざぐって、銀色を垂らして接着剤を盛ってやりました。 左右の一方は瞬間接着剤、残りは紫外線硬化の高透明接着剤ですが、どっちがどっちか分からなくなりました。 |
ここからは完成品です。 |
1942年のソロモン海戦に参戦したころの姿で完成しました。 |
仕上げのクリアはホームセンターで売っていた水性艶消しスプレーですが適度な艶消しになったと思います。 |
甲板はエナメルの黒で墨入れ兼ウォッシングしてます。 |
主砲は全てポリキャップ固定ですので、左舷に振ってみました。仰角が微妙にばらついてますが。。。。 |
張り線はいつもの0.1mmのハリスです。二番砲塔には引っかけているだけですので旋回させても大丈夫です。 |
艦橋の窓はクリアパーツが付属していました。 |
艦載機は零式の三座水上偵察機が1機と観測機の2機です。プロペラは0.14mm×0.5mmのプラストライプです。 |
艦尾の日章旗は上下逆に取り付けてしまいましたので、翻るを通り越して逆巻いてます。 |
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