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ハセガワ 1/72 ロッキード P-2H ネプチューン

1943年2月にアメリカ海軍はベガ社にPVベンチュラ/ハープーンの後継機となる陸上対潜哨戒機の開発要求を出しました。 この要求に応えて、ベガ社はV146案を提出しましたが、1943年11月30日にベガ社はロッキード社に吸収されました。 V146案は1944年4月4日にXP2V-1として試作機・2機の発注が行われました。 試作機は1945年5月7日に初飛行し、1946年から量産が開始されました。 なお、1962年からはアメリカ軍機の名称整理に伴い、P-2に改称され、1954年に登場したP-2Hが最終型となりました。

本機は尾端に長く出た磁気探知機(MAD)、胴体下に巨大なレドーム、ECM、翼端に7千万燭光のサーチライト、ソノブイを装備し、攻撃兵器として魚雷、爆弾、爆雷、ロケット弾の運用が可能です。 哨戒時間は12時間から18時間に及びます。 P2V-5型以降は主エンジンと共通の燃料を使うJ34ジェットエンジン2基を装備し、離陸性能と戦闘時の速度が向上しました。

海上自衛隊が初めてP2V-7を受領したのは1956年3月で、ノックダウン生産やライセンス生産も含めて64機が1980年まで運用されました。 長らく海上自衛隊の主力を務めてきたP2V-7(P-2H)ですが、対潜兵装の旧式化にともないP-2Hを母体として改設計された機体が川崎P-2Jです。 主エンジンはターボプロップとなり、補助エンジンは国産のJ3-8に換装され、最新の対潜装備に変更されて1969年から1994年まで運用されました。

製作の記録です。
P-2H_Z11.jpg(56402 byte)
プロペラの回転軸は外/内径=1.1/0.45mm、軸受は1.6/1.15mmの真鍮パイプで作りました。 P-2H_Z12.jpg(60914 byte)
コックピットには操縦輪もフットペダルも有りません。
インパネを胴体側に接着するのは心もとないので1mmプラ棒を3本立ててインパネの糊代にしました。 P-2H_Z13.jpg(44293 byte)
左右の主翼は胴体内で結合する設計ですが、接着しないで着脱可能にするために
結合部に直径2mmの磁石を仕込みました。カウリング取り付けの補強に1mmプラ棒を仕込みました。
主脚柱は後から組み付けるのが難しそうですので、この段階で組み込んでしまいました。 P-2H_Z14.jpg(134315 byte)
各コンポーネントの組み立てが終わりました。胴体の窓にはマスキングゾルを塗ってます。 P-2H_Z21.jpg(107832 byte)
塗装してデカールを貼りました。コンポーネントは仮留め状態です。 P-2H_Z22.jpg(132474 byte)
動翼や爆弾倉扉は凹ですが、他のパネルラインは凸です。
半光沢クリアをスプレーして凹には墨入れし、凸にも墨入れ塗料を乗せました。
凸の墨を細く残すような拭き取りにトライします。

ここからは完成品です。

P-2H_UFL.jpg(95437 byte)
翼の結合以外の組み立てを行い、空中線を張って完成です。 P-2H_UBR.jpg(84757 byte)
海上自衛隊厚木基地の第51航空隊所属機のマーキングです。 P-2H_P.jpg(87814 byte)
ライトR-3350-32WAの3,750馬力を2基で回しております。 P-2H_RUF.jpg(93780 byte)
上面の細い白線はデカールで、線と線の間のクリアフィルムは切ろうかと思いましたが、
そうするとデカールが細くなりすぎるので、シルバリング覚悟で止む無く切らずに済ませました。 P-2H_PKG.jpg(92763 byte)
主翼と水平尾翼を外して、胴体を横倒しにすればキットの空き箱に収納できます。
水平尾翼は差し込むだけで、主翼のような加工はしていません。
ここから先の画像はクリックすると大きなサイズで見ることができます。 P-2H_LUF.jpg(114664 byte)
胴体側面の窓にはクリアパーツの上に透明UVレジンを流してます。
このレジンでクリアパーツと胴体の開口部との間にできた隙間を埋めてます。 P-2H_RFU.jpg(102074 byte)
キャノピー枠の黄橙色は枠に沿ってスジ彫りして、墨入れの要領でエナメル塗料を流しました。 P-2H_LBU.jpg(91866 byte)
プロペラブレード先端の紅白はデカールを使わずに塗装しました。 P-2H_RFS.jpg(87558 byte)

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