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タミヤ 1/72 チャンスヴォート F4U-1D コルセア |
強力な2000馬力18気筒エンジンと直径約4メートルの巨大なプロペラ、そして特徴的な逆ガル翼を備え、第二次世界大戦から朝鮮戦争 まで第一戦で飛び続けたコルセアですが、その数多いバリエーションの中でも、アメリカ海軍によって初めて艦載機として正式採用さ れたのがF4U-1Dです。 コルセアの最初の量産型F4U-1は1942年6月に初飛行しましたが、その高い戦闘能力にも拘わらず、長い機首と窓枠の多いキャノピー による着艦時の視界不良や、着艦姿勢での低速飛行時に左翼が失速し易いという欠点により、その多くは陸上基地を使用する海兵隊 に配備されました。 それ故に主力戦闘機の座はヘルキャットに譲ったものの、コルセアの改造は続けられました。 視界改善のために 操縦席を18cm高くし、キャノピーの窓枠を二本に減らし、さらに着艦時の失速対策のために右翼前縁にスポイラーを備えたF4U-1Aが 登場します。 このF4U-1Aをベースに窓枠の無い水滴型キャノピーや新型の太いプロペラを装備したF4U-1Dが開発されました。 F4U-1Dは搭載能力も増強され、内翼下面の2箇所のパイロンには1000ポンド爆弾やナパーム弾など合計900kgまでの兵装類が搭載可能 であり、さらに外翼には5インチロケット弾8発の装着も可能でした。 F4U-1Dは空母への着艦テストでも良好な結果を示し、1944年 4月に艦載機として正式採用が決定しました。 同年11月にはフィリピン方面で作戦中であった空母エセックスの海兵隊第124,213戦闘 飛行部隊に配備されたのを皮切りに本型は主力艦載機として配備が進み、1945年2月にはアメリカ海軍艦載機として初めて日本本土攻撃 を行いました。 F4U-1Dは約3,700機が生産され、アメリカ海軍のコルセアに対する評価と信頼を決定的なものとしました。 |
1945年4月沖縄の第312海兵戦闘飛行隊第503号機で仕上げました。 |
全体的には地味ですがチェッカーパターンを貼りたくて、これを選びました。 |
P&W R-2800-8ダブルワスプの2000馬力で回しております。 |
F4U-1Dの「D」はドロップタンクのDだということを聞いたことがあります。 |
機体全体は艶消し仕上げですが、プロペラは半光沢で仕上げてます。 少し見えにくいですが、ロケット弾のフィンは薄く削ってます。 |
キャノピーの透明度は高いのですが、さすがに光が回ってないので中までは見えません。 |
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